●いざ毛勝山へ
魚津付近の北陸道を走っていると、北アルプスの方向に屏風の様な岩の殿堂がスックと立ち上がっているのが良く見える。思わず「剣岳?」と言いそうになるのだが、これは毛勝三山である。最近になって尾根筋に夏道が開かれるとの話も聞いたが、基本的には登山道の無い山で、残雪期に雪渓を辿って登れるハードな山だ。以前から登りたいと思っていたものの、中々敷居が高く後回しにしていた毛勝山に、この五月の連休を利用して登る事にした。
出発の前日、北ア針ノ木雪渓で雪崩が発生して、4名の登山者が亡くなったとのニュースが流れ緊張が増す。昨冬の日本海側は20年ぶりの豪雪で残雪も多く、4月の低温で雪解けが遅れている所に、先週の高温で一気に雪解けが進んだのが原因と報じられていた。「無理そうだったら引き返せばいい。」と半分開き直った気持ちで東京を出発した。
初日は登山口に入るだけなので、新潟の米山に登り足慣しをしてから、登山口となっている魚津へと向かう。魚津市内の金太郎温泉で汗を流し、買物をしてから登山口となっている片貝第四発電所を目指したのであるが、林道を走っていると予定した遥か手前の片貝第二発電所の所で車両通行止めとなっていた。例年だと最低でも第四発電所まで、雪の少ない年には片貝山荘付近まで車で入れる筈なのだが、昨冬の多雪が原因なのか第二発電所から奥へは車で入れなくなっていた。地図を見ると第四発電所までは4.5キロ程、予定より往復2時間歩けば何とかなりそうである。
夕食の準備をしているとゲートの向こうから人が歩いて来た。毛勝山の様子が聞けるかと期待したのだが、地元の釣人だった。今年は残雪が豊富で、川の水量が例年より随分多いとの事で、毛勝方面へは何人が入山している様だとも言っていた。先発の登山者がいる事に少しホッとしながら、初日は第二発電所手前の広場に車を停め、おでんと燗酒で温まってから車の中で寝ることにした。 |
林道を覆うデブリ
片貝第四発電所付近
片貝山荘の先のデブリ
下は片貝川に切れ落ちている。
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●カンテラを点けて林道を歩く。
翌朝は3時30分に起床する。コッフェルで御湯を沸かしていると、ゲート近くの車から先行する登山者がカンテラを焚いて歩き始めるのが見えた。カップラーメンで朝食を済ませ、熱いコーヒーを飲みながら装備を固める。今日は長丁場になりそうで、忘れ物の無いように持ち物を入念にチェックした。何時もは必ず携帯するウイスキーだが、この日はザックから外す。誘惑にかられて一杯やってしまってから、急斜面の雪渓を下りる事に不安があったからだ。アルコールは祝杯用の200mlのビールのみにした。
辺りが薄っすら明るくなり始めた4時20分、歩行を開始する。アスファルトの舗装道路を歩く事50分で、片貝第四発電所を通過する。ここから先は砂利道で、至るところでデブリが道を塞いでいた。片貝山荘の手前で先行していた単独行の登山者を追い抜く。挨拶を交わしたが、この登山者も雪崩を心配していた。自分も「危険そうであったらば無理はしない。」と告げる。
歩き始めて2時間弱で片貝山荘に到着した。山荘からは別の単独行者が丁度出発した所であった。山荘の先で大きなデブリが林道を塞いでいて、200mぐらいに渡って片斜面を横断するのだが、雪の斜面がそのまま片貝川に切れ落ちていて、斜度の有る斜面の上方には、今にも落ちてきそうな小岩が雪面上の至るところに散乱していた。雪の絞まった朝はともかく、気温の上がる帰路は要注意だ。(今回の全行程の中で一番の危険地帯だったかもしれない) |
●雪渓に入る
デブリの先で東又谷を橋で渡り、阿部木谷に入る。残雪の中から所々で林道が顔を出していた。踏み跡もしっかりとしていて、方向を間違える事は無い。程なく宗次郎谷との分岐点にさしかかると、テントが2張り設営されていた。もう出発している様子で、前を行く登山者が多い事に少し安堵する。宗次郎谷を右に分け、阿部木谷の本流を歩く辺りから「雪渓歩き」らしくなって来た。取水口となっている堰堤の先からは、水の流れも雪渓に隠れる様になり、谷を埋め尽くす雪面を進む事になる。標高1000m付近で谷は大きく右に折れるが、この付近は谷幅が狭くなっている「板菱」と呼ばれる場所で、落石の要注意箇所だ。幸いこの日は、落石の音は殆ど聞くことが無かった。
板菱を過ぎると、暫らく直線状の雪渓を進む。雪面が絞まっていて歩き易い。未だアイゼンは着けていないが、このままでもう少し行けそうだ。前を歩く3人パーティが確認できるようになった頃、下山して来る2人組とすれ違う。谷の様子を聞くと、午前中は雪が絞まっていてアイゼンが良く効くが、午後はかなり雪が腐ってくると言う。毛勝へは前日に登り、昨夜は大明神沢との合流付近で幕営したとの事であった。やはり雪の絞まっている午前中に勝負をつけなければ苦しくなりそうだ。宗次郎谷から1時間少々で大明神沢との出合いにたどり着き、ここで前を歩いていた3人パーティーに追いついた。 |
阿部木谷の雪渓を登る
大明神沢からの毛勝谷 |
●毛勝谷を詰める
大明神沢出会いからは、左手に折れ毛勝谷を進む。幾分斜度が増すが、幅広い雪渓を気分良く歩く。大明神沢出会から約40分で二股と呼ばれる地点に達するが、実際には3つの沢筋がここで合流していた。左手の谷筋からは、毛勝本谷に向かって雪崩で出来たデブリが出来ていた。思わず気が引きしまる。二股からは斜度がきつくなっていて、此処でアイゼンを装着した。ここから先はザックを下ろして休憩出来る場所が無いかもしれないと、握飯で小腹を満たし斜面に備える。
いよいよ毛勝谷の核心部へと入っていくのだが、きつくなる傾斜に息が切れる。足場確保とルート確認もあって、50歩を歩いて10秒休みのリズムを繰り返しながら、少しづつ高度を上げる。基本的には踏み跡をトレースしていくのだが、斜度を増した斜面では登りと下りとでは歩幅が随分違う為、登りの踏み跡を探しながら登る方が楽に歩ける。前方に5人程度のパーティーが歩いていたが、彼等のきったステップの御蔭で随分楽をさせてもらった。二股からの稜線までの中間地点で、雪渓が右にくびれるのだが、この辺りからが斜度が最もきつくなる。一旦滑落したら止まるのが難しそうだ。斜度にして40度以上ありそうだ。見上げると真青な空と、湾曲した稜線部の真っ白な雪渓が美しい。美しいが、なかなか近づかない。結局二股から稜線まで2時間程を要した。 |
右側谷筋から雪崩の跡
二股付近
次第に急傾斜となる
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下が見えない急傾斜
稜線から北アルプス
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●神々しい北ア稜線の眺め
振返るのが怖い位に斜度を増した雪渓も、ようやくなだらかになって来ると突然稜線に出る。ここからの景色が絶景であった。釜谷、猫又と続く毛勝三山の向こうに岩の殿堂剣岳。鹿島槍岳・五竜岳から白馬に至る後立山の稜線がコバルトブルーの空によく映えている。この眺め、苦しかった雪渓登りの疲れも吹き飛ぶ、神々しさすら感じる絶景だ。前を歩いていた5人パーティが休んでいたが、聞くと富山県連の登山パーティーで、宗次郎谷との出会いで幕営していたのは彼等であった。5年連続で毛勝に来ているという。北ア主稜線からすこし離れているからこそ見られるこの絶景、一度拝むと再び見たくなる。
稜線から山頂へはなだらかな尾根筋をひと登りだ。小ピークを越えて、こんもりとした饅頭の様な頂が毛勝山の山頂だと思ったのだが、実はこれは吹き溜まりらしい。盛り上がった大きな雪饅頭北側の、一段下がった所に頂上のところだけ雪が消えていて、三角点と石仏がのぞいていた。持参した小さなビールで祝杯を上げる。暫らく休んでいると、東又沢と毛勝沢の間にある尾根筋を2人連れが登って来た。尾根の途中で幕営しながら登ってきて、猫又まで縦走するのだと言う。彼等と山頂で記念写真を撮りあった。 |
雪饅頭の様な山頂部
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遂に登頂出来た
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山頂部の吹き溜まり
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●慎重に下山する。
何時までも立ち去りがたい山頂ではあったが、帰路が気になる。午後温度が上昇してからの落石や雪崩も心配で、早々に下山を開始する。雪渓へ下る地点まで戻ると、途中で追い抜いてきた単独行者が休んでいた。北アの景色を目に焼き付けて、ここから一気に雪渓を下る。殆どの雪渓の事故は、登りではなく下りで起きると言うが、下に向かう体重に勢が付き、足場が思ったより悪く深く沈み込んで前につんのめってしまったり、アイゼンを反対側の足のアイゼンにひっかけてしまうのが原因の様だ。グリセードをしながらも、膝クッションを使って沈み込む深さの違いに即応出来る様、注意力を集中させて下る。一番急な場所で、登りで追い抜いた3人パーティーと後から登って来た単独行者とすれ違う。
下山を開始してから1時間少々で、登りの時にアイゼンを装着した二股に辿りつく。ここまでくれば、滑落したら止まらない斜度の雪渓は終わりで一安心する。この付近からは雪が結構緩んでいて、ズボッと深くまで沈みこむ場所が随所にあり、雪渓下りの割りに時間が稼げそうに無い。宗次郎谷出会い手前付近で、「何か右足がスリップするな。」と思って足元を見ると、右足のアイゼンが外れてしまっていた。何回か深く踏み抜く場面があったのだが、その折に外れてしまったらしい。少し戻っては見たが探すのは困難で、あきらめて片足アイゼンで下山する。一番急な斜面でアイゼンが外れなかった事に感謝しながら暫らく歩いてゆくと、目の前にカモシカが佇んでいた。無事に毛勝山行が終えられたのを、見送ってくれている様な感じであった。
片貝山荘手前のデブリも無事に横断し、山荘付近で片足となってしまったアイゼンを外し、林道を下る。ハードな斜面を歩いての登頂と、充実した山行に気分良く歩いていると、時間が経つのが短く感じる。下りでペースが早かった事も手伝って、17時前に車を停めた片貝第二発電所のゲートに辿りついた。11時間近くの実歩行時間ではあったが、300山完登に向けて最大のハードルを越えた感じで、大満足の山行を終えて帰途についた。 |
毛勝山頂
急斜面を慎重に下る
カモシカが見送ってくれた
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